囚われたらいかんという話

最近、何かに囚われているなと思うことが多い。例えば、株式投資。4/16くらいまでは買わないと決めたはずなのに、某銘柄が株式分割したことを理由に買ってしまった。そしたら案の定と言っていいのか、さっそく値を下げてしまった。それに買ったら買ったでやたらと値動きを気にしてしまう。

また、体調不良の話。こっちもとらわれずにやるべきことをやろうなんて言っておきながら、気がつけばそっちを気にしまくりで、なんだか妙に疲弊してしまった。他にもいろいろあるが、とかく何かを囚われていると感じることがここ数日多いように思う。

 

熱中できるものの欠如

これには前々から感じている俺の熱意の欠如が関わっているように思う。要は没頭できるものがないから、いろいろなものに気がそぞろになってしまっているのだ。もし、毎日野球の練習に明け暮れていたらこんなことを考えている暇もないだろう。わかっていることだけれど、自分を振り返ると本当にそうやって熱中できる何かが欠けている。

手当たり次第に手を出すことの問題

そのせいか、思考が四方八方に飛ぶためにやたらと気になるものを見つけてくる。これは良い面もあるのだろうが、悪い面もある。象徴的なのはやたらと気になる本を買ってしまうことだ。正直、今は買う本と読める本のスピードが合っていない。徐々にではあるもの、積読している本がkindleに増えてきてしまっている。

選択と集中

ここ何年もずっと考えているような気がするけれど、もっと選択と集中、それから継続を意識して目の前に向かわなきゃいけない。

 

じゃあ、どうするのか?

以上を踏まえてどうするのかと考えると、さっと解決できるかと言うと悩ましい。いきなり熱中できるものが見つかるわけではなし。どうすればいいのだろうという気はする。

都度、都度なるべく客観的に考えるのが一番かなと思う。イキナリ全てをガラッと変えられるわけではないから、なるべく今の自分を客観的に眺めて常に軌道修正をしていく。暫定的な対応だとは思うけれど、まずはそういう方針で行ってみようと思う。